「菩提心(ぼだいしん)を起こし、保つ」
- 桜梅桃李倶楽部

- 2025年10月31日
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まず第一前提として日蓮正宗寺院にて、御授誡又は勧誡を受けて日蓮正宗信徒となる事から始まります。
それは、誡を受ける事で本門戒壇の大御本尊様に繋がり、仏力・法力を賜る信仰が出来るからであります。

1. 「菩提心(ぼだいしん)」とは何か?
日蓮正宗の教えで言う「菩提心」とは、「仏になりたいという心」、
「真実の幸福を求める心」、
そして 「そのために仏法を実践しようという決意」 のことです。
仏道修行の始まりは、まずこの心を起こすところから始まります。
日蓮大聖人様は「これを起こさねば何事も始まらぬ」と教えられました。
たとえば、
「今度強盛(ごうじょう)の菩提心をおこして、退転せじと願じぬ」(開目抄)
──つまり、
「今こそ強い決意で仏の道を志し、どんなことがあってもあきらめないと誓った」
という意味です。
2. 菩提心を「起こすこと」は誰にでもできる
日蓮大聖人様はこうも仰せです。
「魚の子は多けれども魚となるは少なく、
菴羅樹(あんらじゅ)の花は多く咲けども実になるは少なし。
人もまたかくのごとし。
菩提心を発す人は多けれども、退せずして実の道に入る者は少し。」
(松野殿御返事)
魚の卵はたくさんあるけれど、成魚になるのはわずか。
花も多く咲くけれど、実を結ぶのは少しだけ。
仏道を志す人(=菩提心を起こす人)も多いけれど、
その心をずっと保ち続ける人は本当に少ない。
つまり、「やってみよう」と思うのは簡単でも、
続けていくことがいちばん難しいのです。
3. 続けることが難しい理由(御書に基づく)
日蓮大聖人様は、なぜ続けることが難しいのかを御書で何度も説かれています。
主な理由を現代的に言い換えると、次のようになります。
原因 | 御書に説かれる内容 | 現代的な言い方 |
悪縁(あくえん) | 「凡夫の菩提心は多く悪縁にたぼらかされる」(松野殿御返事) | 周りの人や環境の影響で、信仰をやめたくなったり迷ったりする。 |
雑事・多忙 | 「十二時のうち一時二時こそは励み候へ」(四恩抄) | 仕事・家事・SNS・娯楽などに流され、信心を後回しにしてしまう。 |
疑いや不信 | 「不信・疑惑・倦怠」など十四の誹謗 | 「これで本当に幸せになれるのか?」と疑い、やる気をなくしてしまう。 |
慢心・我意 | 「計我・慢」など十四誹謗 | 「自分はもうわかっている」と思い上がって努力をやめてしまう。 |
苦難や試練 | 「大小の難を予期すべし」(開目抄) | 病気、家庭の問題、対人関係の悩みなどに直面して心が折れる。 |
要するに、私たちの心は外の出来事や内なる迷いに影響されやすいのです。
だから、放っておくと菩提心はすぐに小さくなってしまいます。
4. どうすれば菩提心を保てるのか(日蓮正宗の教え)
日蓮大聖人様は、続けるための具体的な道を教えています。
それは「信・行・学」を日々実践することです。
実践 | 内容 | 効果 |
信 | 御本尊様を信じ、祈りの根本に据える | 心がぶれない基盤ができる |
行 | 毎日、勤行・唱題を続ける | 菩提心が自然に呼び覚まされる |
学 | 御書を拝読し、仏法の意味を学ぶ | なぜ信じるのかを理解し、迷いにくくなる |
また、御書には次のような意味の言葉があります。
「一日一度でも法華経を思い出すことこそ、真の修行である」(四恩抄 要旨)
つまり、忙しくても、心のどこかで御本尊様・お題目を思い出すことが大切です。
それが「思い出す=心を整える」ことであり、
小さな積み重ねがやがて不退転の信心になります。
5. 菩提心を持ち続ける人の姿
日蓮大聖人様は、ただ心の中で信じるだけではなく、
行動で示す人こそが本当の修行者だと説かれました。
「鎧を着たる兵者は多けれども、戦に恐れをなさざる者は少なし」
(松野殿御返事)
これはつまり──
「信仰を語る人は多いが、いざ困難の中で実行できる人は少ない」
という意味です。
しかし、この「少ない側」に入ることこそ、
仏道を歩む者の誇りであり、真の喜びだと大聖人様は教えられています。
菩提心を持続する — 四恩抄より
原文
凡夫の習い、我とはげみて菩提心を発して後生を願うといえども、
自ら思い出だし、十二時の間に一時二時こそは励み候へ。
いかにいかにと思いながらも、常にその心を忘るるなり。
(『四恩抄』)
現代語訳
人間というものは、はじめは「信心に励もう」「仏道を修めよう」と思い立つけれど、
時間がたつうちに、仕事や生活に追われて、その心を忘れてしまうものです。
一日のうち、ほんの少しでも思い出して励むことこそ大切です。
「忘れないように」と意識することが修行なのです。
解説
この御文は、まさに現代人にぴったりの教えです。
忙しい毎日の中で、信心を忘れてしまうことは誰にでもあります。
しかし、大聖人様は「それでよい」とも教えられているのです。
大事なのは、忘れたときに思い出すこと。
つまり、ふとした瞬間に「そうだ、お題目を唱えよう」と心が動くことです。
信心とは、完璧に続けることではなく、
思い出すたびに立ち返る心の修行です。
これを日々積み重ねていけば、菩提心は次第に深まり、
どんな困難にも動じない強い信心が築かれます。
6. まとめ 〜現代に生きる私たちへ〜
現代社会は、時間にも情報にも追われ、心が乱れやすい時代です。
だからこそ、「菩提心を起こし、保つ」ことがますます大切になっています。
日蓮正宗の御書から学べることは、こうまとめられます:
菩提心を起こすことが第一歩。
「仏になりたい」「本当の幸福を得たい」と思うその心を大切に。
続けることが本当の修行。
迷っても、落ち込んでも、また唱題すればいい。
思い出すたびに、菩提心は蘇ります。
環境・仲間・日々の実践が支えになる。
悪縁に流されず、善縁(信心を励まし合う人々)と共に歩むことが大切。
結びに
「一たび菩提心を発すれば、仏になるまで退くべからず」
(日蓮大聖人)
菩提心は、一瞬の決意で終わるものではなく、
毎日の生活の中で少しずつ育てていくものです。
たとえ心が乱れても、疲れても、
もう一度お題目を唱えれば、
そのたびに新しい菩提心が心に芽生えます。
これこそが、現代に生きる仏道修行の姿です。
【桜梅桃李倶楽部:村田】
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