「迷いの海を渡る法華経」「南無妙法蓮華経で人生を変える」
- 桜梅桃李倶楽部

- 2025年11月10日
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まず第一前提として日蓮正宗寺院にて、御授誡又は勧誡を受けて日蓮正宗信徒となる事から始まります。
それは、誡を受ける事で本門戒壇の大御本尊様に繋がり、仏力・法力を賜る信仰が出来るからであります。

迷いの海を渡る法華経
― 南無妙法蓮華経で人生を変える ―
人生は、思い通りにならない苦悩・迷い・不安の連続であり、仏法ではこれを「生死の大海(しょうじのたいかい)」と説きます。この迷いの海を渡り、真実の幸福と安穏を得る舟こそが、法華経(ほけきょう)であり、その根本の信仰が南無妙法蓮華経なのです。
一、迷いの根本は「無明(むみょう)」にあり
日蓮大聖人様は『開目抄』において次のように説かれています。
「生死の大海を渡るには妙法蓮華経を船とす。」
(『御書』561頁)
この御文は、私たちが抱える迷いや苦悩(生死の海)を乗り越えるためには、法華経、すなわち妙法蓮華経の信仰こそが唯一の舟であると明示されています。
世の中の多くの人々は、名利・欲望・我執などの波に翻弄されて生きています。これが「無明の闇」です。
二、南無妙法蓮華経こそ人生を変える大法
大聖人様は、釈尊の法華経の肝心を一字にして**「南無妙法蓮華経」**と示されました。
『如来滅後五五百歳始観心本尊抄』には、こう説かれています。
「一切衆生の成仏は此の御本尊に依るべし。」
(『御書』832頁)
つまり、御本尊様に南無妙法蓮華経と唱えることによって、すべての人が迷いの人生を智慧と慈悲に満ちた境涯へと転換できるのです。
三、唱題によって心の海が澄み渡る
『報恩抄』には次の御文があります。
「南無妙法蓮華経と唱え奉るは、風の草木をなびかすが如く、月の水に影をやどすが如し。」
(『御書』328頁)
この譬えは、唱題(しょうだい)によって私たちの心が大自然と調和し、清らかに澄み渡っていくことを意味しています。
唱題を重ねることで、苦悩の波は静まり、内なる力があふれ、迷いが智慧に変わるのです。
四、迷いを智慧に、苦を悦びに変える信心
『四条金吾殿御返事』には、次のような御金言があります。
「法華経を信ずる人は、火にも焼けず、水にも溺れず。」
(『御書』1135頁)
これは比喩であり、信心によってどのような苦難にも負けない境地、すなわち「煩悩即菩提」「生死即涅槃」の悟りを得ることを示されています。
南無妙法蓮華経を唱えることによって、人生の嵐も、逆境も、すべてが成長と福徳の因へと転じていくのです。
五、まとめ ― 法華経の舟で迷いの海を渡る
迷いの人生を渡しきる力は、自分の外にはありません。
大聖人が示された南無妙法蓮華経の信心こそ、
どんな人も幸福へ導く「永遠の舟」なのです。
「此の御経を持つは即ち仏なり。」
(『御書』420頁『法華初心成仏抄』)
この御文の通り、妙法を信じ、唱え、実践する人こそ、迷いを断ち切り、真実の人生を歩む仏の姿です。
迷いの海を渡る法華経 ― 実践編 ―
南無妙法蓮華経で人生を変える実践の道
一、人間関係の悩み ― 憎しみを慈悲に変える
職場や家庭での人間関係の衝突は、もっとも多い心の苦しみの一つです。
しかし大聖人は、相手を責める前に、自身の信心の鏡を磨けと教えられます。
「他を責むる心をばすてて、我が身の信をいたし給へ。」
(『御書』1301頁「崇峻天皇御書」)
人を責める心は、やがて自分を苦しめます。
南無妙法蓮華経と唱え、自身の心を正すとき、相手の悪もまた消え、関係が和らいでいきます。
これは「一念三千(いちねんさんぜん)」の法理に基づき、自分の一念が世界を変えることを示されています。
二、仕事・経済の悩み ― 難の中に成長の因がある
仕事の失敗や経済の苦しみは、「なぜ自分だけが」と思う時もあります。
しかし大聖人様は、信心をもって難に向かう者こそ真の勝者だと励まされています。
「大難来りなば強盛の信心弥弥悦びをなせ。」
(『御書』995頁「開目抄」)
困難こそ、信心を強める最高の機会です。
唱題によって恐れを断ち切り、「この苦難をもって必ず成長する」と決意することが、現実を変える第一歩になります。
妙法は「難即安楽(なんそくあんらく)」の法であり、逆境の中に幸福の因を見出す教えです。
三、病気・心身の苦しみ ― 生命の尊厳を見出す
大聖人様は病をもって信心を深める機縁とされました。
『上野殿御返事』には次の御文があります。
「病は法華経の行者を試みたもうなるべし。」
(『御書』1169頁)
病気は決して罰ではなく、仏が信心を試す機会として与えられたものです。
唱題を通して生命の奥底にある仏界を呼び覚まし、
「この病を通して使命を果たす」と決めたとき、苦しみは尊い修行の場へと変わります。
四、孤独・不安 ― 仏と共に生きる境涯へ
現代社会では、孤独や喪失感に悩む人が多くいます。
しかし、南無妙法蓮華経を唱える人は、決して一人ではありません。
大聖人様はこう仰せです。
「一人南無妙法蓮華経と唱えん者は、千万の仏菩薩の影のごとく守護したまう。」
(『御書』1079頁「守護国家論」)
唱題の声は、必ず宇宙の諸仏諸天に響きます。
御本尊様に向かい真心で唱えるとき、私たちは必ず守られ、導かれているのです。
この実感が、深い安心(あんじん)を生みます。
五、信心の継続 ― 「一念」から「常の信心」へ
信心は、続けることでこそ力を発揮します。
大聖人は、次のように強く諭されています。
「信は荘厳の中の荘厳なり。」
(『御書』1150頁「上野殿後家尼御返事」)
信心を持続すること自体が、最高の功徳です。
毎日の唱題・勤行は、人生の波に翻弄されぬ心を築く鍛錬そのものです。
一念の信が常住の信心となるとき、迷いの海は安穏の大地へと変わります。
結び ― 南無妙法蓮華経で人生は必ず変わる
日蓮大聖人様は、どんな境遇の人も、この法を信じ唱えれば必ず成仏できると断言されました。
「此の御経を持つ人は必ず仏になるべし。」
(『御書』420頁「法華初心成仏抄」)
迷いや苦難は、信心によってすべて「悟りへの道」となります。
南無妙法蓮華経を唱え続ける限り、人生の荒波を超え、
本当の幸福と安心の大地へと到達できるのです。
【桜梅桃李倶楽部:村田】
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