智慧第一の舎利弗でさえ理論・理屈ではなく妙法を信じる事で悟りを得た。
- 5 日前
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まず第一前提として日蓮正宗寺院にて、御授戒又は勧誡を受けて日蓮正宗信徒となる事から始まります。
それは、戒を受ける事で本門戒壇の大御本尊様に繋がり、仏力・法力を賜る信仰が出来るからであります。
法華経譬喩品に、 「舎利弗尚此経に於ては、信を以て入ることを得たり」
■原文
舎利弗尚此経に於ては 信を以て入ることを得たり
(法華経・方便品)
これは 妙法(法華経)に入る条件は“信心”以外にない
ということを示す、法華経の中で最も重要な一句の一つです。
■1. 文意の核心
• 舎利弗は智慧第一の大声聞
• 論理・学問・修行のレベルは最高峰
• しかし 法華経(妙法)だけは「智慧では入れない」
• 唯一の通路は 「信」その一つ である
つまり——
◆仏法の最高峰である妙法は、理屈や修行の量で理解するものではなく
◆ただ「信心」でしか入れない境界
であることを宣言した句です。
■2. 「信とは何か?」
日蓮大聖人様は、この“信”を次のように定義します。
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◎御書①
「信とは智慧を以て信と為すに非ず」
(四信五品抄)
→ 信とは「理解してから信じる」ものではない。
→ 理解を超えたところにある働き。
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◎御書②
「法華経を信ずるを以て智慧と為す」
(諸法実相抄)
→ 法華経を信じること自体が智慧。
→ 信心が智慧を生む。
⸻
◎御書③
「信は智慧の種なり」
(開目抄)
→ 信心が先。智慧は後から湧く。
⸻
◎まとめ
日蓮大聖人様の教えによれば“信”とは
① 理解より先に起こる心の作用(信じる心)
② その信心が智慧を生み
③ 智慧によって妙法の功徳が自ら展開し
④ あらゆる境涯が開ける(悟り)
という 妙法に特有の因果の順序 です。
■3. なぜ舎利弗でも「信」でしか入れなかったのか
舎利弗は、仏弟子の中で 智慧第一。
膨大な経典の意味を論理的に理解し、禅定にも長けていた。
しかし——
◆妙法(法華経)は、智慧・学問・修行の“作用”では開くことができない
◆妙法は「久遠元初の自受用身の境界」
→ 生命そのものの根源
→ 理性の領域を超えている
だから、
大聖人曰く「信心は大事中の大事」
つまり、
智慧第一の舎利弗が手放したのは「智」ではなく「慢」。
そして、
信で入り、智慧(如来の智慧)を得た。
■4.「信を以て入る」の“入る”とは何のことか?
これは単なる理解ではない。
◆“仏の境涯へ入る”
すなわち
• 妙法を受持する生命
• 本門寿量の境涯
• 久遠の仏の悟り
ここに入ることを意味する。
■5. 日蓮大聖人様の仏法における「信」の特殊性
妙法への“信”には他宗の信心と決定的に異なる点がある。
◎① 信じる対象が「絶対の法」
日蓮大聖人様の仏法でいう信とは
“人格”や“神”を信じるのではなく
◆宇宙法則そのもの(文底の妙法)を信じる
という絶対普遍の“法”への信。
⸻
◎② 信ずると境涯が変わる
妙法は 自受用身の仏の境界 そのものなので
信心が起こると、
その人の生命が自受用身へ触れる。
⸻
◎③ 信で“仏の智慧”が湧き出る
舎利弗の智慧は「学問の智慧」。
妙法に触れると「仏の智慧(如来の智慧)」が出る。
■6. この一句は「末法の成仏の根本式」である
日蓮大聖人様は末法万年の人々への結論として
「信心を要とせよ」(御義口伝)
と重ねて説かれた。
理由は明確で、
◆末法の衆生は智慧がない
◆修行もできない
◆煩悩具足
◆迷いが深い
だからこそ
唯一入れる道は 信心 のみ。
■7. まとめ(核心)
「舎利弗尚此経に於ては 信を以て入ることを得たり」
この一句は、法華経全体の核心を要約するとこうなります:
⸻
★法華経(妙法)は知恵では理解できない
★妙法に入る扉は「信心」ただ一つ
★信心が智慧を生み、仏界が開く
★末法における成仏の公式は「信心→智慧→悟り」
【桜梅桃李クラブ:村田】
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