現在の創価学会は戸田先生の指導と正反対!!
- 桜梅桃李倶楽部

- 2025年8月31日
- 読了時間: 1分

【戸田城聖全集:第4巻343頁】
弘安2年の10月12日の大御本尊様のただ一幅なのです。そこから、分身散体の方程式によりまして、ずうっと出てくるのです。それから、ほかの本尊、どこのを拝んでも絶体にだめなのです。弘安2年の10月12日の大御本尊様から出発したものでなければ、法脈が切れてますから、絶対だめなのです。
ですから、私の願いとするところは、この弘安2年の10月12日の大御本尊様を信ずるということです。
しかし、理論がわかっても、わからなくてもいい。だんだんそのうちにわかる。絶対だということがわかる。この日蓮正宗の哲学ぐらい、きちんとなっているものはないのです。
【創価学会発行「折伏教典」339頁】
電灯にたとえて考えてみると、ヒューズがとんで電流が流れてこない電灯は、電球が切れていないからといって、いくらつけても明るい光を発しないようなもので、電球は本物であっても、電流が流れてこなければひかりが出ないのである(中略)したがって富士大石寺の大御本尊様を拝まないものはすべて謗法である。
【戸田城聖全集3:490頁】
なんといっても、御本山に登り、親しく大御本尊様を拝まなくては、本物の信心にはなれない。
【桜梅桃李倶楽部:村田】
コメント